「これでも私、いそがしいのよ...」



「これでも私、いそがしいのよ...」

「これでも私、いそがしいのよ・・・」が口癖のAさん。
Aさんは約8年前に脳梗塞を患い、左半身には障害が・・・。半年間の懸命なリハビリの甲斐あって、何とか杖で歩けるところまで回復し、ご自宅へ復帰。ご自宅でのリハビリ生活が5年を過ぎようとした頃、いつものように過ごし、いつものように家事をこなしていたところ、ふとしたはずみで転倒。障害のある左足が骨折し、入院生活を余儀なくされた。再び、3ヶ月間の集中的なリハビリを受けるが、いま一つ左足は回復せず、ご自宅での生活は車いすで送ることとなってしまった。「せめて骨折前の状態に・・・。身の回りのことは今までのように自分でしたい・・・」と希望するAさん。そこで、ご自宅でのリハビリを再開し、私が担当することとなった。
ご自宅へお伺いするようになってから数ヶ月が経ったある日、どことなく愁いに沈んだ表情を浮かべているAさん。『どうしたんですか?浮かない顔をして』と尋ねると「娘に、暇そうにテレビを見ているんだったらリハビリしたら?って言われるんだけど、これでも私、いそがしいのよ・・・」と。車いすを使うようになってからは、以前のように手際よく身の回りのことや家事ができなくなり、10分でできていたことが倍の20分かかることもしばしばあった。そんなことが積み重なると、まともにできない自分に対して嫌気がさし、すべてのことが億劫に感じられるとAさんは話していた。手際よくできない自分への苛立ちや不甲斐なさといった心情からテレビを眺めていたんだと思う。そのことを娘さんは知らない。また、Aさんも伝えなかった。手際よく、満足にとはいかないものの、一生懸命、自分なりに努力し、生活しているAさんとしては認めてほしかったんだと思う。そう考えた私は娘さんに事情を説明し、Aさんが手際よく取り組め、満足のできる活動を通して自信をつけてもらいたいと伝えた。
Aさんはもともと絵を描くことが好きだった。縁側にはたくさんの作品を飾っていた。そのことを知っていた私は、Aさんに新しい作品を一緒に完成させたいと伝えた。はじめは渋った様子を示していたAさんも徐々に絵の具やキャンパスを自ら揃えるようになっていた。何も言わなくても、ひとつ・またひとつと作品を作り上げ、いつしかAさんの口からは「これでも私、いそがしいのよ・・・」という言葉が聞かれなくなっていた。そんなある日、もっと自信をつけてもらいたいと考えていた私はAさんに『Aさん、長年、描きためてきた絵をご自宅スペースに出展して、ご近所の方に見ていただきましょうよ』と持ちかけたところ「いや、はずかしいし、これでも、私いそがしいのよ・・・」といつもの口癖が、でもその続きに「そうね、でもいつかはしてみたいかな・・・」この夢、ゼッタイ叶えてみせます!!

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